中国から見た中国と日本の違い
中国株,中国株ニュース

中国株ニュース

総理と株価、安倍晋三の365日

2006年(平成18年) 9月26日退任
2007年(平成19年) 9月25日退任

.gif
○相場の動き

安倍内閣が発足したのは、2006年9月。この年は、ライブドアショックや村上世彰氏の逮捕などもあり、新興市場中心に大幅調整となった年であった。しかし日経平均は就任前の夏頃から上昇基調を取り戻し、主力大型株中心に先高感が高まっていた。就任後は、いわゆる三角合併が翌年5月に解禁となることも手掛りとなり、M&Aを切り口に、主力大型株が活況を呈した。

2006 年に入ると相場は一段高となったものの、2月末の中国株の急落をきっかけに世界の金融、株式市場は調整を余儀なくされ、日経平均も調整局面となった。その後相場は持ち直したものの、上値は重く、夏には米サブプライムローン問題が深刻化。世界の株式市場は急落となり日経平均も大幅安となった。

○政治の動き

小泉純一郎の総裁任期が満了となり、国民の圧倒的な支持を背景に、自民党総裁選挙で麻生太郎、谷垣禎一を大差で破って自民党総裁に就任。戦後生まれとしては初めての総理大臣となった。就任翌月に中国、韓国を訪問。小泉政権下で冷え切っていた中韓との関係を改善した。10月9日の北朝鮮核実験には、国連の制裁決議とは別に、より厳しい経済制裁措置を実施。12月には教育基本法改正と防衛庁の省昇格を強行するなど、安倍カラーを全面に打ち出した

しかしその後は、本間税制会長が公務員宿舎の愛人問題で、佐田行革相が架空事務所費計上問題で辞任するなど、首相の任命責任、リーダーシップに疑問を呈する声が次第に大きくなっていった。翌年も、5月に松岡農水大臣が自殺、後任の赤城農水大臣も事務所費問題が発覚。年金問題が社会問題化する中で参議院選挙で大敗。それでも続投を表明したものの、内閣改造後も閣僚の不祥事が続発。体調不良もあり辞職となった。

○名言・迷言・失言・エピソード

美しい国、戦後レジームからの脱却、おともだち内閣
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/57358911
この記事へのトラックバック
安倍晋三総理が自慰
 やっぱこれは自慰だろ? 求心力がどうとか小沢がどうとか、理由にならない理屈を述べ立てたようだし、後になって本人以外から健康上の理由まで持ち出されるともう情けをかける気にもならんな。 政局運営を間違え...
ブログ名stay alive for a moment of the death
2007-09-26 19:01